ココニコのキモチ

心(ココロ)+笑顔(ニコニコ)=ココニコ

いろどり工房ココニコ管理人(ボランティア)のキモチブログです。日常生活と本職(教育分野)の気づきのお話をしています。

センター試験をきっかけとして。

ンター試験が実施されました。
長いこと教育の世界の仕事で生計を立ててきて、気づいたら、幼、小、中、高と全てにかかわってきて、今、昼間はもっぱら大学入試に向けた仕事をしています。もう職業病だとは思うのですが、センター試験が実施されると問題に一通り目を通し、あれやこれや考える時間を持つのが長年の習慣になっています。2020年に始まる大学入試の新制度に向けた対策にもかかわっているので、今回を含めて残り3回の問題は余計に気になります。
やはりというか、知識を問う問題から思考力を問う新形式の問題への挑戦があちこちにあらわれていました。地理Bのムーミンが登場する問題はああだこうだと言われていますが、典型的な思考力を問う問題への挑戦のひとつだと思いました。思考力というより、読解力と冷静な課題解決力を使って少し長めの問題文もきちんと読み込むとヒントが見えてきます。
身近なモノを登場させている問題も、生活の中でふれるモノもそれをきっかけに学びにつなげて欲しい、普段の日常生活で出会うモノを学びの世界に引き込んでいますか?、というキモチを未来を担う子供へ伝えてきているのではと思います。
ムーミンの問題は、知識量ではなく、知識を活用しなさいというキモチをどう問題に表現するか、問題作成者の仕事の大変さも感じられる問題です。ちょっとかわいそうだと思ったのはムーミンが大好きな高校生は、ムーミンフィンランドの作家がムーミン谷を舞台にし、小説はスウェーデン語で書かれたというのを知っていたでしょうし、何かとつっこみどころ満載で、知識があると逆に正解にたどり着くのを邪魔するかもしれません。でも、問題作成者の心意気はいいなと思います。
二次試験や私立の一般試験でこれでもかというくらい記述式や奥深い問題が登場するのに比べたら、センター試験はコツコツ勉強をし、正しい対策をしていれば8割以上はとれてあたり前になるように作られているので、記本的に良問がそろっています。但し、選択肢はどうしても意地悪になりがちなので、どうしたらこれが正解だと断言できるかというテクニックを学んでおいたほうがよいでしょう。

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国語で小説は何が使わるだろうと注目していたら、問題文に井上荒野さんの小説「キュウリいろいろ」と記載がありました。
どうして小説「キュウリいろいろ」と紹介しているの???と思ったのですが、「キャベツ炒めに捧ぐ」という小説の章タイトルが「キュウリいろいろ」です。これは記載の仕方がよくないですね。
作者の井上荒野さんは「切羽へ」という小説で直木賞を受賞されています。
荒野はあれのと読みます。
お父様は小説家の井上光晴さんです。私の実家がある調布市に住んでいらっしゃいましたので、馴染みがあります。娘の井上荒野さんも調布の小中学校でしたので、とても親近感があります。
昨年の夏にディーンフジオカさん主演で井上荒野さんの小説「結婚」が映画化されています。
結婚詐欺師のお話でした。
テレビドラマ「結婚できない男」「梅ちゃん先生」、映画「世界は今日から君のもの」などで知られる尾崎将也さんが脚本を手がけ、NHKの朝ドラ「あさが来た」を演出された方が監督でした。スタッフの方々に興味があって映画鑑賞の事前学習で井上荒野さんの小説に向き合うことになったのですが、小説と映画の描き方もラストも違っていました。

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実は、井上荒野さんの父親の井上光晴さんも同じ「結婚」という名前の小説を出しています。父も娘も題材は結婚詐欺師。同じ名前、同じ題材。娘である井上荒野さんの執筆に至るキモチのほうが気になったものです。井上光晴さんの「結婚」は結婚詐欺師を追う探偵の視点で描かれた推理小説のようで、井上荒野さんの「結婚」は登場人物の複数の女性の視点から愛情の純粋さにふれつつホラー小説のような怖さを描いているように感じました。映画はまったく別の印象で親子二代の小説と映画は複雑怪奇な関係だなというキモチになったものです。

さてさて、こんなことを高校生が知らされたとして、センター試験を見てみようという意識が向かないとしたら、心配です。さらに言うと、寝ている時間以外は全て学びにつながるチャンスなのですが、活かしていない高校生が多いのも気になります。幼児や小学生の頃に?や!のキモチをどう消化しているか、どう学びに結びつけているか、小さい頃からの家庭での生活の作法が全ての源です。学びにもいろいろな形があるので、机に向かって勉強するのだけが学びではありません。幼児の頃から、勉強ではなく、興味関心をどう育て、どういうアクションにするかによって、その後の生き方が変わるようにも思います。
今回のムーミンではなくとも、子供は小さい頃から様々なマンガに接するのが普通ですが、その時に学びと実社会とのつながりにふれる経験は少しでもできたら、違ってきます。マンガは実は奥が深い文化なのです。絵本や小説もそうです。

狛江で運営した小中高校生の研究施設の3年間で、高校生には少しでも偏差値の高い大学に向かえということを強調して保護者には接してきました。その中の何人かは今年、センター試験にも挑戦しています。一方で、偏差値の高い大学に進学しても、大企業に就職して生涯を安泰に、といったモデルはほぼ崩壊しています。
偏差値の高い大学に行ったほうが、チャンスに出会う確率は確実に高まるので、偏差値の高い大学、それも中途はんぱに高い大学ではだめだと伝えてきました。
但し、偏差値は関係なく、この生徒は大成するという生徒もいたので、そういう生徒には違う視点の進み方も伝えてきました。
大学は偏差値の高い方が、当たり外れはないことが多いですし、偏差値の高い大学のほうが、学生のやる気、本気度合いが違うのは事実です。偏差値で進学先を選んではいけませんが、偏差値は便利な面もあるので、やっかいな指標です。
但し、ものすごく偏差値が高いのに、少人数で活発に議論をくり返すような学びの場がほとんどないということもあります。
これは残念です。偏差値が高くても、意味がない場合もあります。
進学して意味のある大学と、進学しても意味のない大学は今後、今まで以上に分断されていくと思います。どんどん大学は変化してきているということもあるので、大事なのはどこの大学に進学するかよりも、大学に行って何をどう学ぶのか、学んだのかに着目して欲しいものです。

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センター試験は終わりました。
次の決断は慎重に、そして大胆な選択をして欲しいなと思います。

新しい年のひととき、そして2023年問題

しい年になりました。
我が家は久しぶりにのんびりとしたお正月になりました。

兵庫県の田園風景の広がるのどかな街で研修医をしている息子も戻ってきたので、大晦日と元旦と全員でちょっとだけ豪華にゆったりとした食事会もできました。

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息子は研修医の1年目をなんとかこなしている様子です。
医学部を卒業して2年間の初期研修医、その後の専門的な後期研修医と続きますので、まだまだ修行の身ですが、家族に病人が出ると何かと専門的なアドバイスをしてくれるようになりました。
一人前になるために終日の通常勤務とは別に、当直業務も定期的にこなしているようすです。医学部に入るのにも苦労を重ね、卒業、国家試験合格まで本当に過酷な日々を過ごしていましたが、研修医としての様子を聞くと、医師になるのが大切なのではなく、医師として活躍できるようになるのが本当に大切で、修行が一生続くのだというのも感じます。

仕事の中で医学部を目指したいという中高生の相談を何度も受けたことがあります。
成績ではなく、それ以前に医師を一生の仕事にしていく覚悟があるかどうかが最も大事だというキモチに気づくように接してきましたが、息子の日常の様子を聞いているとなおさらそう思います。
医療の世界はものすごく激務です。
勉強のみの生活をしている受験生と話しをしていると、不安になります。
合格した後の大学生活を自ら知ろうとしない受験生だと余計に心配になります。

特に、今、医学部は劇的に変わろうとしています。
覚悟が必用です。
変化の発端は2023年問題です。

アメリカの医業資格を審査する機関ECFMGが2010年に、2023年から世界医学教育連盟(WFME)が認めた評価機関から認証評価を受けた医学部の出身者しか米国医師国家試験の受験を認めないと宣言しました。
アメリカで医師として働くというのは日本の医学部の卒業生の中でもまれなケースになるので、一般社会から見れば無視してもいいと思うかもしれませんが、医学部の間では2023年問題と呼ばれ、急ピッチで対応を進めてきています。
今までは医学部は国家試験の合格率で比べられたりしましたが、WFMEに認定されているかどうかで、医学部の格差や序列化に変化が生まれる可能生があります。志としても、能力としても優秀な学生が進学先を選択する時の基準のひとつにする可能性が高まります。
WFMEの認定が目的ではなく、格差化に巻き込まれないようにするのが目的の大学もあるようですが、一方で健全な取り組みをしている医学部はこれをきっかけに医学教育の中身が劇的によい方向に進んでいこうとしています。
内部からの変革は進みにくいですが、外圧でよりよい方向に進むのはチャンスと捉えればよいのだと思います。

さて、日本ではそもそもWFMEに基づいて評価する機関がなかったため、急遽、2015年12月に日本医学教育評価機構(JACME)が設立され、2017年3月にようやくWFMEからJACMEが正式に認証されました。
2023年問題への対応は結構綱渡りで進んでいます。
元々日本の医学部の教育は世界的に見ても高い水準ですが、世界標準と比較すると患者に接する臨床実習が不足していたことが大きな違いでした。今までの医学部の学習量は維持したまま、臨床実習が増えるので、根本的に医学部の生活は今まで以上に過酷になりつつあります。2017年度の新入生が卒業するのが丁度2023年になるため、医学部の現場に変化が急ピッチで起きているのです。既にここ数年、かなりの変化が起きています。
今後、医学部の間で嫌でも大きな差が出てくるはずです。
医学部の変化の動きによって、関係性の高い薬学部も変わろうとしています。薬学部が変わると・・・。

進路のアドバイスをしようとすると膨大な情報とデータが必要になるので、大変ですが、難度が高すぎて大変です。人に言われて、進路が変わったとならないように、必要なタイミングでさりげなくヒントや情報を提示し、本人が考え、正しい判断ができる状況に導き、自分自身の意志で決めるとならないと意味がないようにも思うので、進路指導は難しい分野です。
ということで、いつ役に立つのかわかりませぬが、地道な諜報活動が続きます。

映画「勝手にふるえてろ」

勝手にふるえてろという映画を鑑賞してきた。
観た人でないとわからない書き方をしようと思う。
既に観た人にはこれから書くことがわかってもらえると思う。
観ていない人には、何のことだかわからない形で書こうと思う。
心ある人ならいい意味で衝撃的な映画になるはずだと確信したので、中身がわからないように書くのが礼儀だと思うのだ。
ココロが健全だと思う人にはぜひ観に行ってほしい。
そういう映画だ。

 

では、今回の本文スタート。

 

映画「勝手にふるえてろ」。
面白い。
このひと言につきる。
たいしたものだ。
リアリティがある形で応援したくなる女性像をステキに描いている。
展開が読めなくて、ドキドキした。

終わってみれば、松岡茉優さんの自然で緻密な演技力のスゴさが心に残ったことのひとつ。

よくしゃべる。
しゃべる演技がすごい
しゃべりまくり、突然、静かになる。
但し、静かなのは意味がある。
頭の中の独り言が聞こえてくるようだ。
いい意味での自己中心的。
話し方がステキだ。
でも、声は相手に届いていない。
悲しいがこれも意味がある。

しゃべるだけではない。
歌う。
怖いほど歌う
物語を大転換させるのに歌わせるという演出がスゴイ。
孤独な歌。
応援したくなる歌。
松岡茉優さんは歌もうまいではないか。
演技力のある歌というのが存在するものなのかと認識した。
序盤のハイテンションから始まり、心の動きがジェットコースターのようにせまってくる。
こんなにいろいろな表情ができる女優さんだとは知りませんでした。

 

監督兼脚本の大丸明子さんもすごい。
計算し尽くされた脚本に違いないと思うのだが、すばらしい。
出演者の能力を絞り出す演出がまたすばらしい。
孤独と闇をユーモアと演技力と演出力で最高のエンターテイメントに仕上げたという印象。
前に進め、前進あるのみ!というキモチになる作品だ。

もう一度言う。
面白かった。

でも、重い。
苦しい。
どんな感性、生活をしているかによって、人によって、感じ方がまるで違う作品だと思う。
こういう観点からも、いい映画だと言える。

教育分野の仕事をしているので、たとえが変だが、試験がうまくいかなかった時、心から悔しいと思えるようなキモチを持つ人ならば、観に行ったほうがいい。
間違えても何とも思わない、リベンジしなくていい、今が楽しければいいというキモチのタイプなら、観に行ってもよさはわからない、という感じだろう。

もう一度言う。
がんばっているけれど結果がでない。
くやしい。
という方であれば、観に行ったほうがいい。
高校を卒業していたら、観に行くといい。
高校卒業あたりから三十代には特に響くのではないかと勝手に思った。
きっと元気になる。
元気をもらえるのも普通の元気ではない。
もがき、苦しみ、どしゃ降り・・・だけど、笑え、前を向け、進め!というキモチを健全なココロを持っていれば感じることができる映画だ。

こういう映画を観て、いい映画だったねと感じる人が多ければ、日本は大丈夫だと思ったのだが、どうなのだろう。

違う言葉で表現する
この映画は怖い。
描き方が怖いが、ステキだ。

偶然、桐島という名前も出てくる。
桐島、部活やめるってよ」よりも原作は前に書かれているのだが、偶然とはいえ、こんなところも怖いが、ステキだ。
偶然なのか、運命なのか。
たぶん・・・運命だ。
主役の松岡茉優さんの他にも「桐島」登場人物がいた。

映画の中で出てくるLINEやFacebookの使い方も怖いが、ステキだ。
でも、真似したらいけない。

登場人物もステキだが、後で怖くなる。
行きつけのカフェの金髪の女子店員。
駅員さん。
釣りおじさん。
眉毛のつながったコンビニの店員さん。
隣の住人の女性、通称オカリナさん。
バスで隣にすわる老女。
女子の同級生。
同窓会のお店のおばちゃん。
同僚の女性。
もちろん、イチと二の男性ふたり。

登場人物に意味を持たせているのがいい。。

スマホのアラームが怖い。
昼寝もこんな形で見せられると怖すぎるが、いいシーンだ。
昼寝のシーンが何度か出てくるが、衝撃の昼寝だ。

怖いほどの女性心理。
恐るべし。

観に行った人でないと、もはや何を書いているのかまったくわからないことになってきているが、それでいい。わかる人だけわかればいい。観た人同士で、そういうキモチが異空間で共有できればいいと思って書いているのだ。

 

パンフレットもゲットしてきた。

パンレットと原作本を並べてみた。

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パンフレットには、夏生さえりさんが寄稿されていた。
通称、さえりさんとして有名な方。
「愛すべき暴走ガール」と表現されていて、見開きのページにぎっしりの長文はやっぱりすごい女性だと実感。
なるほど愛すべき暴走ガールというのがピッタリの主人公だった。

さえりさんの見立ては見事だ。
この他にパンフレットに登場する方々の人選も、面白い。
パンフレットは大事にしよう。

ちなみに、父が水谷豊さん、母が伊藤蘭さんという女優さんも出演されていたが、パンフレットにはこのことは書かれていなかった。パンフレットの写真の笑顔はどことなく伊藤蘭さんに似ている。ご両親の影響、環境、空気がただならぬ力を育てているに違いない。印象的でいい演技だった。

本当に観てよかった。
観ないとよさはわからない。
衝撃作だ。

上映館が少ないのが少し残念。
自分は新宿のシネマカリテという階段を降りた地下にある2つのスクリーンしかないこぢんまりとした映画館で観た。100席ないスクリーンなのだが、座り心地を考えたゆったりした映画館だ。こだわりのある作品ばかりを選んで、結構、好きな映画館だ。
勝手にふるえてろ」はこういう人知れずの映画館が似合うような気がした。
遠くの小さな映画館まで行かないと観れないけれど、行く。
こういう雰囲気、小さなスクリーンが似合う映画だった。

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大きな大画面で、広々とした空間には合わないような気がした。

行った時は、ほぼ満席だった。
男子、女子、若者から老人まで、不思議な集団だった。
皆、満足そうに帰って行った・・・と自分のまわりの席の様子だけからはわかった。

もう少し早い時期に上映開始になっていたら、国内の映画賞をかなりの数、取れたのではないかと思ういい映画だった。

毎日、紆余曲折はあっても、一歩ずつ前を向いて進む健全な老若男女だと思う人は観に行くととってもよいと思う映画のお話でした。

勝手にふるえてろ」公式サイト

 

最後に、おまけで、アンモナイト

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手元にあるのは4センチほどの大きさで映画の世界とは違うけれど、映画を見終わってから、アンモナイトが元気を呼ぶステキなアイテムに思えてきた。引き出しに眠っていたのだが、これからはリビングのテーブルの上にちょこんと置くことにする。
そのうち、何これ。
また理解できないことをしている・・・と我が家で言われるに違いない。
間違いないが、気にしない。
ふむふむ。

2020年度大学入試改革はチャンス到来?

の中3生の保護者と話をする機会があって、時間が予定よりもあまると2020年度の大学入試改革の話題になることが多くなっています。
こういう時に必ず伝えているのは、大学入試改革を事実として受け入れ、決して不運だと思ってはいけないということ。
でも、今の中3生は高校入試を終え、その後の3年間で、だんだんと不安が増していくでしょう。キモチの持ち方で3年後が激変します。

いったい、2020年度の新しい大学入試はどうなるのでしょう。
実は、ポイントは2019年度の大学受験生、現在の高1生の動きです。
元々浪人生が半数いて、何年かかろうが挑戦し続ける医学部はまったく関係ないと予想できますが、それ以外では浪人生が激減します。
ここがポイントです。
間違いなく、今の高1生は浪人になることを避ける傾向が高まります。
翌年の新入試は不安。今の高1生にはこういうキモチが増殖していきます。
だから滑りどめでも妥協する高校生が例年になく増加する。
びっくりするような動きが出るはずです。
特に、首都圏では国公立と難関私立大学の受験生の動きに要注意。
大学で言うとGMARCH以上はデータ分析次第で勝利が確実に変わります
この情報戦に正しい判断ができた高校生は思ってもいなかった有名大学に入ることも可能となります。もちろん、本人の学びの努力と強い意志は必要ですが、前年までの作法や自己流で受験大学を決めると逆に危険が大きい年になります。
一番やっかいなのは、実は大学入試が変わる年ではなく、その翌年です。

今の中3生は大学入試が新制度に変わるので、はずれくじに当たったような意識のご家庭が多いのですが、実は準備と志によっては普通の年だったら合格できない大学に合格できるチャンスが広がっているのです。
ピンチはチャンスになるのです。

どんなピンチであろうとも、チャンスにすることが可能なのが人生の面白いところです。

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そして、高校受験でどの高校に進学するかも、チャンスをたぐり寄せることができるかの大きな分岐点です。

新しい形の塾の研究施設に在席していたご家庭から、約10ヶ月ぶりに相談を受けるケースが増えていますが、一貫して大学入試を考えた上でのアドバイスをしています。びっくりするぐらい難関大学への合格実績が変わる高校が出現すると予測が立つからです。前年の2019年度から大学合格実績に変化が現れるとみています。

いいのか、悪いのかわかりませんが、高校の格差が首都圏では広がります。

高校に合格した時からが勝利へのカウントダウンがはじまっています。
激変する時にこそ、プロの活躍の場があるのですが、2020年、その頃、自分は何をしているだろうと思う今日この頃なのです。

犯人はお父さん

然、我が家は今年はクリスマスケーキはなし!ということになりました。

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クリスマスイブは日曜日なので、今年はどこで買おうかとわくわくしながら思案しつつ週末をむかえたのですが、突然、娘がじんましんになったのです。
病院に行って血液検査までした結果、薬を飲んで安静にしているようにと言われたのですが、すぐには治らず土日はじっと家で静養しています。
ケーキはじんましんによくないということで、さびしいクリスマスイブになりました。

経験したこともないほどひどいじんましんだということで、原因をいろいろ考えたら、思い当たるのは「シャンプー」だと本人が言うのです。

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つい最近、今まで使っていたシャンプーが使い終わりました。
いつもであれば詰め替え用のシャンプーで中身だけ入れ替えるのですが、丁度、詰め替え用を切らしていて、私が買いに行きました。シャンプー売り場でぶらぶらとしていたら、ステキな容器のシャンプーが目につきました。ちゃんとしたメーカーですし、新製品で安く売っていました。
詰め替え用を買うのより、安い!
大掃除に取り組んでいた期間でしたし、今までのシャンプーの容器がカビっぽくなっていたのもあり、迷わず購入。
ところが使ったら、変な感じで、少しヒリヒリした・・・とじんましんが出てから主張するのです。
じんましんが発症した日、ラーメンを食べたそうなので、それが原因ではと本人は最初は言っていたのですが、矛先が突然、私に向いたのです。

シャンプーが原因。
だから、犯人はお父さん!

でも、シャンプーが原因という証拠はありません。
ここですかさず、我が奥様も新しいシャンプーは変な感じだと言うではありませんか。
人間、何かとんでもないアクシデントに見舞われた時、犯人を作りたがるものです。

じんましんは疲れとか、ストレスが原因のことが多いものだと思うのです。
娘は宣伝部に異動してから、朝は6時には電車に乗り、夜は遅いのです。
ついこの間もCMの撮影で徹夜をしていました。

絶対、疲れとストレスに違いないと思うのですが、真犯人は私と断定されてしまいました。

クリスマスケーキはなし。
犯人は私。

やれやれ。
我が家ではじめてクリスマスケーキなしのイブとなりました。

センター試験まであと何日? そして2020年へ

ンター試験まであと1ヶ月を切っています。
センター試験が実施されるのは、あと3回だけです。
2020年度からは「大学入学共通テスト」(2021年1月実施)に変わります。
今の中3生が最初に受けることになりますが、先日、中3の保護者の方からいろいろ聞かれたので、その時に伝えたことも含めて記録として残しておきます。

今の中3生が高3の時に立ち向かう「大学入学共通テスト」は、「思考力・判断力・表現力」を重視した問題が中心となり、マークシートの選択式問題だけでなく国語と数学では記述式問題も導入されます。
今までもセンター試験の後の大学毎の試験で記述式はありましたし、正直なところ騒ぎすぎです。いわゆる難関大学の受験には影響はないと思います。
情報を集め、分析し、正しく対処していけばいいだけなのです。
キモチで負けていたら、負けになります。

先日、プレテストがおこなわれ、問題が公表されました。
さっそく情報を集めました。
今回は国語だけを取り上げてみます。
国語は印象も含め、誤解を恐れずに言うと、無駄に長い文章が多いと感じました。

国語の第一問だけ見ても、かなりの長文でしたが、どんな問題なのかご紹介します。

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高校の生徒会部活動規約とそれに対する生徒会部活動委員の5名の会話文があります。
これに資料が3つついています。
資料1 アンケート(部活動に関する生徒会への主な要望)
資料2 市内5校の部活動の終了時間
資料3 高校新聞の部活動に関する記事

これに問題が続くのですが、最後の問題だけみてみましょう。


空欄について、ここで森さんは何と述べたと考えられるか。次の(1)~(4)を満たすように書け。
(1) 二文構成で、八十字以上、百二十字以内で書くこと(句読点を含む)。なお、会話体にしなくてよい。
(2) 一文目は「確かに」という書き出しで、具体的な根拠を二点挙げて、部活動の終了時間の延長を提案することに対する基本的な立場を示すこと。
(3) 二文目は「しかし」という書き出しで、部活動の終了時間を延長するという提案がどのように判断される可能性があるか、具体的な根拠と併せて示すこと。
(4) (2)・(3)について、それぞれの根拠はすべて【資料1】~【資料3】によること

 

記述式の問題ですが、すごい!問題文というのが第一印象でした。
120字の記述ですが、書くための条件ががんじがらめになっています。
これだけ条件が決まっていると逆に思考力だとか表現力の余地はなくなり、論理的に文章を読み取り、条件に従って必要な部分を抜き出して、字数制限の中でまとめるという力を試す問題になっているのです。
ちゃんと問題文を一字一句読み取れますか?、というようなものなので、記述式とはいうものの、冷静に問題文と向き合う能力があるかをみていると言ってもよいと思います。
我慢強さも必要です。
記述式とは言うものの、辛抱強く条件通りに書くテクニックが必要な問題としか言いようがありません。
逆に言うと、訓練していれば、楽勝の問題です。
記述式だ、難しくなったと騒がれると思いますが、その騒ぎに巻き込まれて、思いこんでしまうと負けです。
今後のプレテストでどう問題傾向が変化するかもみていかないと何とも言えませんが、今回のプレテストを見る限り、作戦の立て方次第です。

むしろ戦わずに、あきらめてしまうという高校生が生まれやすくなるのではないかということのほうを危惧します。

もうひとつ気になったのは、「大学入学共通テスト」が終わった日からの対策です。
センター試験では教育関連企業が実施している自己採点の集計サービスが出願先を検討するための大事な役割をになっています。この結果も見ながら、ニ次試験の本当の勝負の相手を決めます。
やっかいなのはこの部分だと思います。
記述式を自己採点するのは、至難の業です。自分に甘く自己採点してしまうでしょう。
やっかいです。

やっかいですが、教育を仕事にしている大人の生きる力も試されているので、受験産業の勢力図をがらっと変える可能性を秘めています。
但し、強いところはますます強くなるという力が働くのが2020年です。
何でもチャンスにするというキモチが受験生にも、かかわる大人全てにも求められています。

大掃除の作法

末が近づいてきたので、休みの日は時間があまったら、掃除・・・ということが続いていますが、一向に進みません。

仕事で培ってきた教育手法を応用して何とか成果を出そうとしています。
なかなか予定通りにはうまくいきませんが、ステップをご紹介します。

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○ゴミの回収日を基準に計画立案

年末が近づくにつれてゴミの回収日が変則的になるので、これが要注意です。
今回は思い切って粗大ゴミで出してしまえというモノがあったので、特に要注意でした。

○やる事リストを作る

これが一番大事です。
受験勉強も同じですね。
掃除の場合は、「まずはテーブルの上」「次に本があるスペース」というように、場所ごとに指示を書き出すのが自分には合っています。ひとかたまり単位だと、出来そうな気がするのです。書き出しても全部をじっと見ていると苦痛になってくるので、リストを見るときもひとかたまり単位で見つめるのが大事です。

○掃除の後の姿をイメージする。

これは、どちらかというと、見た目というよりも、毎日の行動スタイルをイメージします。
生活空間の見直しはライフスタイルの見直しになるものです。

○掃除が終わった時のご褒美を用意する

嫌なことでもご褒美があれば前へ進むものです。
私の場合は掃除が終わったら、おやつタイムで珈琲とお菓子。
ささいなご褒美ですが、自分で決めると人はがんばれるものなのです。

○モノを減らす

これが一番効果があるように思いますが、なかなか難しい。
特に自分の書籍類が山積みになっていて、困ったものです。
我が家の家の広さに比べて、モノが多いのは何とかしたいものです。

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○モノの定位置を決める

自分の持ち物があちこちに散らばっているのを解消します。
使う時、探し出すのに時間がかかったりしないようにするのも目的のひとつです。
一度決めたら、次に片づける時には考える時間が減りますし、効果があります。

○ひとかたまりの掃除が終わる度に、声を出して自分をほめる

この山をかたづけたら、よし!
机の上をかたづけたら、よし!
ひと部屋の掃除機がけが終わったら、よし!
原始的ですが、リズムものってきます。
但し、ひとりで留守番をしながらの掃除の場合でないと、変な人とみられるので要注意です。それでなくても、変な人と思われていますので。。。

 

無事に大掃除を完了させられるのか、年末まで戦いが続きます。

まいにち哲学

日のお話は「まいにち哲学」。
これです。

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原田まりるさんの著書「まいにち哲学」です。
1ページずつ日付が書いてあり、毎日ひとつの哲学的な言葉が書いてあります。
1日1ページなので、とても分厚い本になっています。
日付には曜日は書かれていませんので、ずっと使えます。
ていねいだなと思ったのは、紹介されている哲学が365個ではなく、366個あること。
ちゃんと「うるう年」のことを考えています。
うるう年は太陽暦で1年が366日ある年です。
2月29日のうるう日がある年ですね。
365日の年は平年と呼ばれています。
現在、使われている太陽暦グレゴリオ暦)では、うるう年の決め方は次のようになっています。
(1)西暦年号が4で割り切れる年がうるう年
(2)この例外として、西暦年号が100で割り切れて400で割り切れない年は平年。
ということで、次のうるう年は2020年です。
2020年は夏季オリンピックのある年なので、夏にオリンピックがある年はうるう年と覚えればよいですね。
ちなみに(2)にあてはまる年で一番直近は2100年。ずいぶん先ですね。

なぜ、うるう年があるかと言うと、地球が太陽の回りを一周するには、約365.24日ほどかかるということに起因しています。
365日と約5時間50分。
つまり、1年で約6時間のズレがあるのです。
このズレを4年間ためていくと、約24時間、1日分のズレになります。
4年間でできた1日分のズレを埋めるのが、うるう年の2月29日なのです。

なぜ2月で日数を調整するかと言うと、古代ローマ暦では、現在の2月が1年の最後の月だったからです。
古代ローマでは2月でその年が終わり、3月から新しい年がスタートしていたのです。
ロマンを感じますね。

かなり話が脱線してしまいました。
原田まりるさんの著書「まいにち哲学」に戻ります。
うるう年も考慮して、366日、毎日新しい哲学に出会えるというコンセプトの書籍です。

カバーを取ると、なかなかおしゃれな洋書風のデザインになっています。

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カバーを広げてみると、なかなかステキなデザインです。

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さらに、カバーを裏返しにして広げると、366日の哲学カレンダーが出現しました。

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使い方はひとそれぞれですが、ぱらぱらとめくって気になる言葉を読んだりすることが多いかなと思いますが、何はともあれ、自分の誕生日をまずめくってみる人が多いのではないかと思います。

私の誕生日は3月6日なので、さっそくめくってみました。

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人生は刺繍した布に譬えることができる。
裏はたいして美しくないが、糸の繋がりを見せてくれるから、表よりはためになる。
ショーペンハウアーさんの言葉でした。

ふむふむ。
原田まりるさんの解説があり、一番下にここを読めば要点がわかるという1行もあります。
要点には「大人になってはじめて理解できることがある」とあります。
ふむふむ。

人生は最初は美しさとかかっこよさを追究します。
人生も後半になってくると、様々な裏側を見ることになります。
結構めちゃくちゃ。
本当にめちゃくちゃ。
このめちゃくちゃさが、楽しいと思えれるなら、まだまだ先に進める。
などと考察したのですが、ふむふむ。
哲学とは何なのでしょうね。
日常の悩み、葛藤と向き合うきっかけにできたり、何気なく思っていたことの本質や新たな発見のきっかけをもたらすものが哲学とでも言えばよいでしょうか。

なかなか面白いヒントをくれる書籍です。
気楽に自分の誕生日だけでも見てみると面白い書籍だと思います。
我が奥様の誕生日の日の哲学も読んでみましたが、これはヒントになるというより、必要以上に考え込ませてしまうのではないかという難しい言葉が載っていました。
ふむふむ。すすめるのではなく、さりげなく書籍を置いておくだけにしようと思いました。

ちなみに、1月1日。

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勇気は最高の殺し屋だ
ニーチェ

どうしてこれを1月1日にしたのでしょうね。
でも、うんちくのある言葉です。
解説を読まずに、自分であれこれ創造してから、解説読むと面白いです。
原田まりるさんの解説とはまったく別のことを考えたので、これはこれで楽しいものです。

日本では哲学を学ぶ機会というのは、自分で学ぼうとしないと出会う機会がありません。
これは今の年齢になって思いますが、若い頃にこそ哲学にふれるべきと思います。
海外に目を向けると、フランスの高校では3年生に哲学の授業があります。
フランスでは高校生は文系、経済系、理科系に分けられていますが、全員が週に4時間~8時間の哲学の授業があります。文系で週8時間、経済系で4時間、理系は3時間。かなり真剣に哲学を学びます。日本のセンター試験に相当する大学入学資格試験でも哲学の筆記試験があり、何と4時間です。
いい意味での批判精神を養い、自分で考えて行動できるようになるためだと以前フランス人の教育関係者の方に聞きました。
先の見えない時代だからこそ、考え、自ら未来を選択するための教育として重視されているのです。
日本で言うと「倫理」の授業が一番近いのでしょうが、哲学者の名前、著書、思想の内容を学習することが多く、重要視されていないので試験直前に暗記をして乗り切るというタイプの教科になっています。一歩掘り下げて考えさせるというのは少ないように思います。
フランスではあたり前と思われていることを見つめ直し、とことん考え、あっ実はそうだったのか、という素養を求められるのですが、すばらしい国だと思います。

哲学に気軽な気持ちふれてみるというのはなかなか風情があるものです。
興味のある方はぜひ書店で「まいにち哲学」を手に取ってみてはいかがと思います。 

まいにち哲学

まいにち哲学

 

 とてもよい本です。

ヨガ部誕生

日、ある高校のボランティアで保護者向けに話をしてきました。
終わってから先生と話し込んでいたら、そこへ5人の女子高生が登場。
新しく作る部活の顧問になってほしいと先生に頼みにきたのでした。

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新しく作る部活の内容を聞いて、目が点になりました。
「ヨガ部」でした。
ヨガ?
ヨガで、部活?

女子限定の部活ということでしたが、何と体育会系として申請するのだとか。
ヨガは体育系なのか?、と思ったのですが、状況から必然的に話の輪に入れられてしまうことで、この後とても勉強になりました。

女子集団の話をピックアップします。

おだやかな音楽が流れる中で、呼吸のリズムをつかみながら体を動かします。
ココロと体の緊張をほぐし、ココロと体のバランスを整えるのがヨガです。
呼吸に合わせ、心身ともに鍛えるのがヨガです。
心身ともに癒されることで、澄み切ったココロで未来を見つめることができます。
ヨガはどんな時にも自分をコントロールできる女性になることができます。

最初、ヨガ部と聞いた時、思わず我が奥様を思い浮かべました。
なぜかと言うと、ヨガに通い始めて数ヶ月たったところだったからです。

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時々、家の6畳の和室を閉め切って何やらやっている時がありますが、完全に頭の中で思い浮かべていたのは中国の公園でよくみかける太極拳でした。

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最初、ヨガを始めようと思うと言われた時は、なぜかスターウォーズに出てくる「ヨーダ」の姿形を思い浮かべたりしました。何を考えているかわからない時があるとよく言われるのですが、その通りなのです。

女子集団の話を聞き、ヨガについての見方をあらためました。
とにかく、私はへんてこりんなイメージを持っていたようです。
ヨガは若い女性の間で人気のオシャレなスポーツなのかと認識をあらためました。

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なお、女子集団は、ヨガを通して科学的研究もすると宣言していました。
どうやら医学的な効果について、探究活動もするようです。
たいしたものですが、話をしているところに割り込んできて、ああだこうだ言っているわけですが、にこやかに話してくるので、許せると思わせるところはさすが品格の指導?も行き届いていると言わざるを得ません。
いきなり、関係のない私に対してギャバって知っていますか?」と質問。
ギャバ?」
ギャバです」
ノートに大きく「GABA」と書いてくれたので「グリコのチョコレート! おいしいよね」と言ったら、一瞬、怪訝な表情。
「英会話スクールはガバ(GABA)だったよなぁ」と言ったので、ますます妙な雰囲気。

ガンマ-アミノ酪酸という脳内の物質があり、英語名のGamma Amino Butyric Acidの頭文字を取った略称がGABA(ギャバだそうです。
チョコレートにも多く含まれていることが研究の結果、明らかになり、グリコのGABAはそれをそのまま商品名にしているそうです。
ヨガをすると、脳の中で緊張を和らげるガンマアミノ酪酸(GABA)が増えるそうで、体育会系の部活としてヨガ部を作るけれど、研究もしますよというわけです。
たいしたものです。
恐るべし志の高い女子集団です。

しなやかな筋肉や強いメンタルを作ることができるヨガは、集中力アップの極意も体で身につけられるようです。学力向上にもよさそうです。

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心と体を鍛えるヨガ、自分では始めようとはまったく思えないのですが、少なくとも我が奥様のヨガ修行は応援したいと思います。

才能が眠っている

が家は現在、東京新聞を購読している。
1ヶ月 税込で3343円だ。
朝日新聞や読売新聞は4037円なので、700円ぐらい安い。
日経は11月から値上げしたので、4509円だったのが、なんと4900円になっている。

娘が就活を終えた時期に一時期、日経の電子版と紙と両方講読するタイプの「日経Wプラン」にしていたことがあるが、このプランは5509円から5900円になっている。
内定した会社から日経を読むようにという指導があり、通勤の途中でスマホで読むというスタイルなら続きそうという本人の申告により、本当か?と思いつつ、一年間講読した。

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結局、ふり返ってみると、私しか読んでいないではないかという状態で、またもや娘にだまされたということになっている。

今は、宣伝部に所属しているので、新聞はより取り見取りで常備されているそうだ。
大事な記事は切り抜きがまわってくる。
雑誌も主なものは読み放題。
その上・・・・、むむむ、違う方向へ話がすすみそうなので、このへんで終わりにする。

それにしても新聞の値段が高い
どうしても日経を読まねばならない日があるが先月までは駅の売店で買うと朝刊が160円だったのに、180円になっている。夕刊は70円で据え置き。
毎朝、新聞だけには目を通してから、出発するのだが、講読している東京新聞でおっこれはいい視点、え〜という記事に出くわすと、それを連絡するチームがいる。私は東京新聞担当、チームには他に朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日経の担当がいる。勤務先とはまったく世界の異なる企業に勤める方々とのチームなのだが、感性や感覚が似ているようでちょっと違うチーム構成なので、学ぶことが多い。へぇ〜という情報が来ると、ネットで出ていないものは駅の売店で購入する。

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東京新聞は他にチームの中に希望者がいないので、ずっと東京新聞の購読は続きそうだが、記者の主張やこだわりのある記事があるので、なかなかよいと思っている。東京新聞を購読していると、あぁあの安い変な新聞という感じでみられることがあるが、東京新聞は、中日新聞東京本社が発行する新聞だ。愛知では根強い読者が多い中日新聞の東京版という側面もあり、内容自体は全国紙のような力があると思っている。
ほんわかさせる記事や、他の新聞では決して書かれることのない視点の記事が出ることが多い。チラシが少ないのも特徴で、我が家には合っている。

東京新聞のよさのひとつに日曜版の「大図解」というのがある。
見開き2ページで、イラストや図表をふんだんに使い、時事ニュースや季節の話題をとてもわかりやすく解説している。
小学校の教材として活用されているケースもとても多く、一応、教育を仕事のひとつとしている自分としてもとても参考になる。
今日のテーマは「発達障害だった。

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タイトルを読んで、今日は嫌な感じだなと思った。
発達障害」とみなされてしまった子供たちに何人もかかわってきたので、表面的な図解にしてほしくないなとまっさきに思ったのだ。
昨今、ちょっと問題のある行動をすると、すぐに「発達障害」とみなして、間違った接し方をされてしまうことがありすぎると感じている。心ある大人や先生の環境にいて「発達障害」とみなされる場合はよいのだが、そうでないと、人の悪意や攻撃、憎しみなどマイナスのキモチをこれでもかとあびるようになってしまう。
そんな子供に何人も出会った。
あまりにもひどい場合は、よい人との縁を大事にし、マイナスのキモチをあびせてくる人との縁を断ち切るという方法を具体的にアドバイスした。
マイナスのキモチを送ってくる相手は、その子にとっては価値がないと言ってもよいと思う。「発達障害」と言われてしまった子供たちと接してわかったことは、確かに集団行動の場では不都合のある行動をする場合があるが、特異な高い能力の素質も合わせて持っていることがとても多いということだ。同時に素直なキモチでマイナスのキモチも吸収しやすい力も持っていて、嫌なキモチにとても反応しやすい体質であることが多いものだ。
一方で、本当にずばぬけている部分では才能や能力が高いのが特徴なのだが、「発達障害=悪」という見方をされてしまい発達障害=ずばぬけた才能が眠っている」とはなりにくいのはとても残念だ。「発達障害」とみなされると本当に思いこんで平凡なままになってしまうのは事実なので、発達障害」とみなされた時に眠っている才能を見つけようとする家族、大人がいると5年後、10年後がまるで違ってくる。但し、見つけるには可能性を見つけるための様々な分野に接し、長い長い時間をかけ、地道な挑戦が必要だ。

さて、東京新聞の日曜版の「発達障害」の見開き。
あまりにも幅広い事柄なので、図解の部分は消化不良気味だけれど、まとめ方としてはひとつの見方を示すものとしてとっかかりとしてはまずまずという感じ。
但し、特筆すべきなのは、小説家の市川拓司さんの「発達障害だからできたこと」という400字原稿用紙で2枚強ぐらいの記事。小説「いま、会いにゆきます」が大ベストセラーになった方だが、発達障害とみなされた過去をもった方だ。昨年、新書でそのあたりのことも綴られていた。市川さんの「ぼくは自分のことを選択的発達者と呼んでいます」という文章ではじまる今回の記事はすばらしい内容だった。さっそくチームにコンビニへ行き、買う価値ありの連絡をしたところ、全員から買ってよかったとの連絡。
関東であれば、公立図書館に行けば読めると思うので、ぜひ、読んでみて欲しいと思います。

キモチの持ち方と行動の仕方でまったく異なる世界が見えるものです。

数学のココロ

が家は場所は東京と奈良で離れていたが、夫婦そろって大学では数学を専攻していた。
数学である。

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ん~、正直なことを言うと、私は結果的に魔が差したのだと思う。
但し、後悔はしてない。
間違いなく大学生活は自分にとって必要な時間だった。
なくてはならない時間だった。
さらに、授業にあまり出なくても単位は取れたというのは、とても幸運だった。3年までは数学の指定された教科書は読みこんだので、一応、試験はできた。結果的に成績も悪くなかった。最終学年には不思議な先生の研究室に入ったためもあるが、毎週一冊の本を渡され、ではまた来週という感じで研究室を後にし、翌週、研究室に行くと感想を述べ、ああだこうだと話をした後、次の本を渡され、すぐ去って行くの繰り返しをしていた。恐らく、読解力と数学的ものの見方が身についたのはこの1年のおかげだ。
ということで、ほとんど大学には出没していないが、大学生活は大事な時間だった

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他のやりたいことに没頭していたので、大学生活は謳歌していた。
現代ではこういう大学生活は無理であろうし、できてしまう大学はろくでもないという大学になる。
自堕落ではあったが、大学で数学を専攻?していたので、数学にも愛着がある。
数学という言葉を聞くと、すぐに大学時代の自由きままな日常のキモチがよみがえる。
あたたかなキモチになる。
不思議だ。

ちょうど2年前の今頃、中学生にこんな質問をされた。
「数学って、なんの役に立つんですか?」
思わず、数学はココロがあたたかくなるのだよと言いそうになった。
質問の主は、数学の成績が伸び悩んでいた男子だった。
伸び悩んだというより、やっていないので、伸びないといったほうがよい。
私が接していた90分の間も毎回、嫌々なのがはっきりわかった。
別に数学だけではない。
5教科ともやっていない。
つまり、役立つかどうかは問題ではなく、勉強したくないのだ。
勉強しない理由や言い訳が欲しいのだと思った。
役に立つから勉強する。
役に立たないから勉強しない。
これは大きな間違いだが、これをわかるには時間が必要だ。
ココロが大人にならなければならない。

結果的にその男子はある時から上向きはじめた。
学ぶという行動に面白さを感じたからだというのが見ていてわかった。
数学に限らず、その教科、分野を学ぶという行動に楽しいというキモチがなければ、得意にならない。
数学で言えば、そのうち数学に楽しいというキモチが生まれる。
これが大事。

何事も、どんな嫌なことでも、楽しむココロを自ら作り出せる作法が身についているかがポイントだ。

数学はいやいやながら勉強するのは最悪だ。
やめたほうがいい。
ニガテというキモチがあるからいやいやになる。

こういう時は一緒に数学を勉強する理由を探してあげることが第一歩。
どんなにくだらなくてもよい。
数学を勉強する理由が見つかれば、楽しくできるチャンスになる。
理由が見つからなければ、受験に必要だから、あの高校に入るには最低でも○○点必要だからと「割り切る力」を伝授するのでもよい。但し、ココロが大人でないと長続きしない。

テストで結果が悪かった。
この時、一番、悲しんでいる、嫌なキモチになっているのは本人だ。
でも、もっと勉強しないさいとか。
ちゃんと復習しろ。
勉強時間が足りない。
努力しろ。
こうなると、自分はバカだと意識付けられ、どうせバカだからというキモチがひそんでしまう。自信もなくなり、無力感につつまれた状態になる。

無力感をなくすには、自信を取り戻すしかない。
方法はいろいろあるが、テストで最悪な状態の時が実は大きなチャンスのひとつだ。

さて、どうするかの一例を書き出すと次のようになる。

ゴールまでの地図を見せて、小さな成功を実感させることを着実に続ける。
ゴールに愛を感じるように少しずつキモチを変える手助けをする。
そばに応援団を配置していく。応援団は成績や結果ではなく、行動や変化をほめたたえる。
全教科がニガテなら、特定の武器(勉強であれば、得意科目をひとつだけ)を作る作戦も併用する。
適切な目標の高さのままで変化させ続ける。
応援団が決めてしまうのではなく、常に自分で自分の意志で決めたという形で進める。

何事も大事なのはココロとキモチの持ち様なのだ。

武蔵野美術大学芸術祭 その2「文章読解力」

2020年大学入試改革の準備が進んでいます。
センター試験は廃止され、新たな試験が開始されます。
高校と大学の教育を一体で見直すという高大接続改革の一環です。

改革の根底にあるのは、子供に「学力の3要素」を求めることです。
ひとつ目が以前からある「知識・技能」
ふたつ目が知識・技能を土台にした「思考力・判断力・表現力」
みっつ目が「主体性・多様性・協働性」
入試も「学力の3要素」を子供が持っているかをみるための試験になっていきます。
国語や数学は記述式の問題が増え、英語は「読む・聞く」中心から「書く・話す」能力をみる形に変わります。
これらの力を身につけるために「アクティブ・ラーニング」「グローバル教育」「ICT教育」「キャリア教育」、「プログラミング教育」などが流行り言葉になっています。

どこが武蔵野美術大学(愛称ムサビ)の芸術祭の話だと思われたかと思いますが、ムサビの芸祭で必ず行く場所にその答えがあります。
ムサビの芸祭に行くと必ず12号館の最上階に行きます。
毎年、ここで、その年の入試で合格した実際の作品の実物を見ることができます。

娘が卒業した視覚伝達デザイン学科の今春の入試問題を見てみましょう。
パネルがありましたので、まずその写真をご覧ください。

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鉛筆デッサン(3 時間)
【問題】
与えられたモチーフ(麻糸)を手であやつり、 そこで起こるモチーフの特性と手を描きなさい。
【条件】
1. モチーフの麻糸は切ってはならない。
2. 結束用の糸ははずすこと。
3. 結束用の糸と包装材はモチーフではない。
4. 答案用紙は縦横自由。
5. 目隠しカードの上に、画面の「上」を示す
矢印「↑」を必ず書くこと。
【配布物】
1. 試験問題
2. 答案用紙(B3画用紙)×1枚 3. 麻糸×1個
4. 下書き用紙(B4上質紙)×2枚

 

パネルには出題意図と評価のポイントも紹介されています。

【出題意図と評価のポイント】 手で触ると目で見るだけでは分からないことに気付きます。同 じような色やカタチでも、太かったり細かったり、硬かったり 柔らかかったり、ゴツゴツしていたりツルツルしていたり、ピン としていたりグタッとしていたり。それを操る手にも表情が生 まれます。あなたがそこで見つけた出来事を人に伝える手段 の一つにデッサンがあります。参考作品の描写から「見てみて! こんなことを見つけたよ! 」という声を楽しんでください。

 

教育を仕事にしている者にとっては、わくわくするような入試問題です。
この入試問題で一番大切な能力は実は「文章読解力」です。
もう一度、問題文と条件をよく読んでみて下さい。
問題文と条件を読み込み、理解することができなければ、出題意図とはまったく異なることに3時間を使うことになります。

問題文だけもう一度読んでみましょう。
【問題】
与えられたモチーフ(麻糸)を手であやつり、 そこで起こるモチーフの特性と手を描きなさい。

 

モチーフである麻糸を手であやつり・・・「あやつり」という言葉は奥が深いですね。
そこで起こるモチーフの特性・・・あやつることで、麻糸の「特性」を見いだす目が必要ですね。
と手を描きなさい・・・麻糸と手の関係性、相乗効果が出せることが大切ですね。

さらさらと書かれている問題文を条件も読み、どう処理するのか、想像するのか、とてつもない能力を要求する入試問題です。
なおかつ、3時間で仕上げる必要があります。
日頃の練習量と経験が土台として必要になります。
単純にパッと見がきれいな絵では合格できないのです。

デザインの道に進む受験生は藝大デザイン科かムサビの視デ(視覚伝達デザイン学科)、多摩美のタマグラ(グラフィックデザイン学科)を志望することが多いのですが、これらはどこも入試問題がとても特徴的なものであると同時に、とっくに2020年大学入試改革で求められる学力の3要素だけでなく、その上の力を要求するものになっているのです。
早稲田と慶応は一般私大の2トップですが、美大では多摩美とムサビが2トップに相当します。だからでしょうが、ムサビと多摩美の他の学科も単純に作品を描けばいいという入試ではありません。ものすごく考えられた入試問題であると同時に、2020年大学改革の先を行こうとしていると思います。
「学力の3要素」は、「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力」、「主体性・多様性・協働性」ですが、こんな単純な言葉では表現できない努力の裏付けがある能力が求められています。さらにムサビの視デを例にあげると3時間の試験が2回ありますので、体力も求められます
ムサビの芸祭に行くと、春に入試試験会場で真剣な戦いをし、合格した受験生の生の作品を鑑賞することができます。

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毎年、問題文を自分なりに読解し、ふむふむと考え込んでから、合格した受験生の作品を一枚ずつ鑑賞するのが、毎年恒例の行動になっているのですが、自分自身にとって貴重な学びの機会となっています。
勉強ができないから美大でもという発想は大きな間違いです。
賢いだけでなく、奇想天外な発想の持ち主と努力家の大学生に出会う確率が高いのです。

武蔵野美術大学芸術祭

歩がてらムサビの芸術祭土曜日に行ってきました。
行くと刺激が得られて、元気な気分になるので、娘がムサビを卒業してからも出かけるようにしています。

今年の芸術祭のタイトルは「ビ×ビット」。
ARTとRPGの融合がテーマだそうです。
来場者に美を探すゲームをプレイして欲しいということのようです。
ビ×ビットはビは美、ビットは二進法のことでしょうか。
ココロにビビッとくることを期待しているタイトルでしょうか。

正門です。

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正門の通りはゲームの世界観でした。

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美を探す前に、まずは、学食へ。
11時に到着したのですが、学内をまわっていると間違いなく夕方までかかるので、まずはお食事です。
注文したのはMAUランチ。

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MAUはMusashino Art Universityの略です。
410円でした。
毎年、献立が変わってきていますが、例年に比べるとおいしさに磨きがかかっているように感じました。

食事が終わると、パンフレットを広げて作戦会議です。

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パンフレットは例年、無料で配布していましたが、今年から有料になっていました。
100円です。もう少し高くしてもよろしいのではないかと思いました。
さて、昨年の芸祭や他の場所でみかけて注目した3人の方がいるのでパンフで場所を探して、まずはそこへ出発
3人共に10号館にいました。
3階にあがります。
一人目、通称STUDIO PEANUTSさん。

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ほんわかした感じが自分の好みにあっているというのもありますが、表現の根底に言語化がある方なので、今年はどんなメッセージがあるかなというのが注目ポイントでした。
なすび、ひよこ、ピーナッツ
壁に貼ってあった言葉に目がとまりました。
「きらいだったものが好きなものにかわる瞬間を感じとるたび大人になっていく」
この展示物にも根底にはここで書かれていない言葉があるのだなということが感じられましたが、ひとつひとつの作品の土台になっている言葉や想いはなんだろうと思いながら、気に入った作品を買ってきました。

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飾ってあった作品も意味深です。

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注目していた二人目も3階にいました。
中村ひなたさんです。

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独特の表情や色がいいなと思います。

作品集と絵はがきとシールを購入してきました。

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三人目は1階にいました。
3階で階段のほうへ歩いて何気なく壁のポスターを眺めた時に、呼び込みの方の声に思わず、引き込まれました。
「迷路で迷って行きませんか」

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「迷路で迷って行きませんか」
不思議なひびきの言葉です。
迷う気分にはならなかったので、1階へ。
三人目は漆原さくらさんです。

漆原は「うるしはら」と読みます。
ごった返していました。

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食べ物絵師と名のられていて、食をテーマにイラストとエッセイを組み合わせて表現されています。素朴であったかいキモチのこもったイラストがいいなぁと思っています。食に対する心意気を感じます。そんなキモチがつまった作品を購入してきました。

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漆原さんは日本画学科の4年生なので、今年が最後になります。
残念ですが、卒業しても食の世界での活動は続けていくようです。
3人とも今後の活躍が楽しみです。
ほかにも様々な気づきがたくさんあったのですが、また次回へ。

ゆれる+ドリカム+レベル400+ステキな姉妹

曜日、10月20日。
さいたまスーパーアリーナに我が奥様と娘と行ってきました。
DREAMS COME TRUEのライブです。
ライブのタイトルは、DREAMS COME TRUE CONCERT TOUR 2017/2018 THE DREAM QUEST
通称:ドリクエです。
この日は初日でした。
かなりの雨の中、ライブ中の発表によると、来場者数は21182人だとか。

行ってみると、会場内にこんなものがありました。

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インプレッサのオリジナルラッピングカーだそうです。

キレイでしたが、インプレッサという車をまじまじと見たのははじめてでしたが、なかなかステキなデザイン、形をしていました。人気がある車とは聞いていましたが、確かに納得しました。風格がありますね。
こちらはライブのトラック。

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でもこれが何十台もないと運べないような巨大な設備でした。
こんなトラックがたくさんあるのでしょうか。
並んで走ったら、キモチがいいでしょうね。

さて、チケットを入場口でピッとすると、座席が印字された紙を渡されました。
今回は入場するまで、席はわからないシステムなのでした。
席をじ~と見ると、400レベルの文字。
さいたまスーパーアリーナは、なぜか階数ではなくレベルで表現するのです。
アリーナモードで配置された場合、席は、アリーナ→200レベル→300レベル→400レベル→500レベルの5種類があります。
200レベルがいわゆる1階のスタンド席。
300レベルはスイートレベルと呼ばれていて、500レベルもそうですが、バルコニー席のようになっていて非常に数が少ないのです。
400レベルは3階席ですが、普通のドームだと高さとしては2階スタンド席に相当します。
はずれ席のように思われるかもしれませんが、アリーナの中央に縦長の舞台が設置してあり、座ってみると全体がよく見渡せて、これはこれでなかなかいい席でした。
2列目だったのですが、1列目は危険なので公演中は立ち上がらないようにという注意書きがあります。前の席の方は立ち上がらないので、座ったままでよく見えるのです。
全体的に見渡せて、前から2列目で座っていても大丈夫というのは結果的にとてもよかったのです。我が奥様は体調がよくないので、最初からずっと座っていましたが、座っていても楽しめた様子です。

まずはスタートに向けて準備です。

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なかなかかわいらしいですね。
隣の女子集団は皆、クマを持っていました。
クマが人気なのでしょうか。
開演予定時間の17時ほぼぴったりでスタートしました。
恒例?の感激のあまり泣きながら登場した吉田美和さん。
ライブが始まり、当然のように立ち上がったのですが、ここでびっくり。
皆が飛び跳ねると、ものすごく揺れるのです。
正直、床がぐらぐら揺れ、そのまま落ちるのではないかという恐怖を感じました。
そう言えば、4、5年前にあるライブで天井の緩衝材が落下する事故があったのはここだったと想い出しました。娘がライブの途中で「すごく揺れる」と話しかけてきましたが、何事もないように振る舞いました。
慣れてくると何とも感じなくなりましたが、それだけライブがすばらしかったからですね。
2時間があっという間でした。
一旦終了。
会場はなごやかな雰囲気でアンコールを待ちます。

アンコールが始まった途端に、ドリカムの世界ではなく、コメディタッチの世界がスタート。
通称ファンピーの登場でした。
FUN・P1号の浦嶋りんこさんとFUN・P2号の吉田美和さんの女性デュオです。
二人でやりたい放題やって嵐のように去っていきました。
再び、ふつうの吉田美和さんが登場。
ここでステキなお客様の紹介ということで、来場していた浅田真央さんに照明があたりました。お姉さんの浅田舞さんも来ていました。
本当に心からの笑顔で手を振っていました。
私たちが座っていた席のちょうど真正面にあるバルコニーのような招待者席に座っていました。
ちょうど3年前、東京代々木第一体育館でおこなわれたドリカムのライブに行った時も浅田真央さんが来ていましたので、偶然にも2回目。
その時「AGAINという曲は浅田真央さんを思い浮かべてつくった」と吉田美和さんが紹介していました。どこかのインタビュー記事で、この「AGAIN」を毎日聴き、世界選手権までは頑張ろうと自分を奮い立たせていたとありましたが、ドリカムは「AGAIN」という曲で浅田真央さんを応援し続け、浅田真央さんは逆に「AGAIN」という曲で前に向かう元気を頂いていたのですね。
真正面に座っていたので、よくわかりましたが、浅田姉妹は二人ともペンライト振り続けて、楽しそうでした。

今回も奇抜だけれど、ステキであざやかな衣装ばかりでした。
今春に発展的閉校にしましたが、秘密基地と呼んでいた施設に学びに来ていた小学生の男の子が使っていたカバンが手作りだったのですが、それがとてつもなくステキなものでした。愛情のこもったすばらしい作品でした。洋服も破れたところの直し方が高度な技術力を感じたものです。
実は、お母さんがドリカムの衣装をつくるチームの一員でした。
いいライブにするため、ドリカムの希望に応えるため、時には徹夜をし、時には完成したものをゼロから過酷な締切までに仕上げるという姿を、側で見ている、感じているというのが本人と話をしていてもわかりました。いい意味で型破りな行動をする生徒でしたが、お母さんのいい影響を受けていたのでしょう。
子供は親が言った通りとか、教えた通りには育たないものです。
子供はまねをするものです。
子供が成長する時には、一番身近な一緒に生活している親の仕草や行動、考え方などを自然と吸収し、まねをするようになるというのが心理学でいうところのモデリングです。
今、小6で、型破りな考え方や行動力にとてつもない将来性を感じましたが、大人になるにつれて、こういった素質や能力が失われていきます。大人になるということは、そういうことだという妙な意識が学校教育には残っている地区があります。口答えせず、素直で黙々と勉強する生徒が楽だからなのでしょう。
ドリカムの衣装を担当されているお母さんとの面談では何度も今の可能性をもっと強くしていくための進路の考え方、方向性を伝え、無事に走り出したことを見届けたところで閉校になりましたが、きっと前進していることと思います。

17時にライブがスタートし、終了は19時45分ぐらいでした。
時々、音楽をライブで楽しむのはいいものです。
時間と空間を共有し、一体化する場は元気がでます。

間合いの作法

曜日の午後、自由時間を作る事ができたので田町へ出かけました。
20代の時の仕事場は田町にあったので、懐かしい街です。
つい当時を想い出しながら、あちこちうろうろしてしまいました。
東京タワーの見える道。

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毎朝、東京タワーを見上げながら仕事場に向かうというのは、いいものです。
自然と意識が前向きに変わります。

目的地に着きました。

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慶應義塾大学です。
40人弱の部屋に入ると慶應の大学生、あちこちの大学の先生方、企業の人が数人。
日本認知科学会で「間合い」に着目している分科会の集まりです。

今春に発展的閉校にしましたが、自分では秘密基地と呼んでいた施設で小中高校生と保護者の方々と3年間、相対していた時の自分の隠れテーマのひとつが「間合い」でした。
生徒一人ひとり、保護者一人ひとりとの間合いの取り方はいつも試行錯誤でした。
最初は勘でした。
AIも活用してみたりしました。
人と人が接する時、そこには「間合い」が存在します。
人にはそれぞれ好みの「間合い」があります。
私は遠めの「間合い」が好みです。好みというより、楽だからだと思いますので、どんなに親しくなっても微妙な「間合い」を保とうとします。
でも自分の「間合い」で生徒や保護者と接していると、うまくいきません。
3年間の最初の1年はこれで苦しみました。
2年目は慣れと開き直りがあったのでしょうが、相手に合わせた「間合い」がとれるようになったと自負しています。
3年目は最適な「間合い」が作れたという実感がありました。
2年目の試行錯誤の最中に日本認知科学会のある方から教えて頂き、「間合い」を真剣に考えるきっかけを得て、それ以来、「間合い」は私の大事な研究テーマのひとつになっています。別に仕事としてやっているわけではないので、余計にのめり込めているのだと思います。

1年目の時、目の前にいる生徒にとってはうっとおしい「間合い」をしていたと思います。困りもしないのに密着したり、気を散らせたり、「間合い」の大事な要素の「タイミング」も無茶苦茶でした。
3年目は生徒の「親子の間合い」もゆとりを持ってみることができるようになったので、適切な支援ができたと思います。
学びの場面では自分と生徒の「間合い」は集団指導よりはかなり近いが、個別指導よりは少し遠いというのが適していた生徒が多かったのですが、生徒一人ひとりの本能や育った環境にも影響されて適切な「間合い」は異なってくるので、指導観察は全員と超近いが、行動は一人ひとり最適の「間合い」が存在します。
学びの場は規模や集団か少人数か個別かによって観客でいることを許される学びの場から、参加者でいることを求められる学びの場までいろいろあります。
生徒を伸ばす「間合い」というものがあるので、本気でその生徒のことを考えたら、目の前にいる生徒を転塾させるということも考えないといけない場合があります。受験生だとなおさらです。今春、我が秘密基地を閉校するにあたっては、生徒を伸ばす「間合い」も考え、キミは3月からここがいい、あなたはここがいいといったことを伝えたのですが、本当は様々なタイプの学びの場を提供できる企業の力があればなぁと思ったものです。

1対1の個別指導は月謝が高くなりますが、問題演習でも解き終わるまで、すぐ隣でじ〜と待たれているのが1対1です。この「間合い」の感覚が合わない生徒は実はとても多くて、保護者の方は高いお金を払っていますが、費用対効果が悪くなっているということはとても多くあります。今の子供は1対1の「間合い」よりも1対4から1対8ぐらいで発生する「間合い」が最適という場合が多いと思います。

子供の学びの場が複雑なのは「間合い」は距離や空間などの単に物理的なものだけでなく、ココロの「間合い」が大きな影響となります。
一方で、保護者に対してはこの人と話したい、この人に相談したい思って頂けるような求心力のある「間合い」が必要です。
「間合い」は奥が深いのです。

さて、日本認知科学会の「間合い」の集まりですが、いろいろな発表がありましたが、少しだけご紹介。

静岡大学の名塩征史先生
「何が始まるか」を伝える一振り:年少者向け空手教室における個別指導の間合い

子供向けの空手教室において師範が一人の練習生に対し即興で個別指導を行おうと、その練習生と向かい合った。何かの始まりを予感させる身体の配置や動き生まれている。「間合い」が生まれ、この間合いから繰り出される師範の次なる腕の一振りに注目した発表でした。
話を聞いていて、空手では相手にとっては遠いが自分には近いという間合いを生み出す力が勝利につながるというのが実感できました。対戦者同士技量、体格、気力、構え、癖など、様々な要素でひとつの間ができ、相手の動きによって、自分も動き、この緊張感の中で勝つための間合いを創る。
大前提として、自分の間合いを知ることが必要です。

何が始まるかを伝える一振りが指導者の指導力をあらわしているというのが話を聞いていてわかりました。学習の世界では発問力がこれに相当するのだと思います。
身構え、心構えを実感させながらの指導が大事で、そうするためには空気がピンとしていることが必要です。
反復練習は人工的な型の練習にすぎず、実践的な練習ではないので、血の通った練習にするにはどうするかが指導者の力量なのだと思います。

 

近畿大学の鈴木毅先生の「人の「居方」にみる「間合い」」も興味深い話でした。

鈴木先生大阪大学にいた頃からひたすら常にカメラやビデオを持ち歩き、人がいる風景やシーンを撮り続けています。
人がある場所に居る風景や状況を「居方」と捉えて、たとえば「思い思い」「居合わせる」「たたずむ」「あなたと私」「行き交う」と名付けた居方の中に存在する「間合い」について話をして下さいました。
様々な建物、街の一角の写真が登場しましたが、中でも、埼玉県の宮原町立笠原小学校の写真にはびっくりしました。


宮原町立笠原小学校

https://www.fureai-cloud.jp/kasasho

 

竜宮城のような校舎として有名です。
私も見学したことがある小学校でしたが、児童が帰った後の時間しか見学させてもらえませんでした。鈴木先生の写真は児童がいる時間帯の写真でした。私にはステキな建物、施設、環境という印象だけだったのですが、児童がどういう形でここを利用しているのか、存在しているのかというのは私の創造をはるかに超えていました
鈴木先生はひたすら人がいる場を撮り続けています。
笠原小学校の写真をみて、人が浮かび上がってくる場があるのだと実感しました。
人が動くと建物に手応えが出てくると表現されていましたが、建築は形としてのデザインから手応えのデザインになることが大切なのだというのが実感できました。
関係性のデザインとか間合いのデザインが必要で、人の存在をどこまで考えて創るかが勝負なのだと思いました。

写真の中に新宿三井ビルの55広場も登場していました。
7月に勤務先の場所が変わるまでいたビルでした。
人が少なくてもさびしくない場所として創られているそうです。
なるほどというのが、実感できました。
ちなみに、55広場の55というのはGO!GO!ではなく、三井ビルが55階建てだからです。

これ以上発表内容の詳しいことを書いていくと差し障りがあると思いますので、このくらいでおしまいにしますが、場のあり方を考える時に、具体的な人のたたずまいや動きをどこまで具体的に考えられるかということがこんなにも大切なのかというのを知った研究会でした。