ココニコのキモチ

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いろどり工房ココニコ管理人(ボランティア)のキモチブログです。日常生活と本職(教育分野)の気づきのお話をしています。

センター試験をきっかけとして。

ンター試験が実施されました。


長いこと教育の世界の仕事で生計を立ててきて、気づいたら、幼、小、中、高と全てにかかわってきて、今、昼間はもっぱら大学入試に向けた仕事をしています。

 

もう職業病だとは思うのですが、センター試験が実施されると問題に一通り目を通し、あれやこれや考える時間を持つのが長年の習慣になっています。

 

2020年に始まる大学入試の新制度に向けた対策にもかかわっているので、今回を含めて残り3回の問題は余計に気になります。

 


やはりというか、知識を問う問題から思考力を問う新形式の問題への挑戦があちこちにあらわれていました。地理Bのムーミンが登場する問題はああだこうだと言われていますが、典型的な思考力を問う問題への挑戦のひとつだと思いました。思考力というより、読解力と冷静な課題解決力を使って少し長めの問題文もきちんと読み込むとヒントが見えてきます。

 
身近なモノを登場させている問題も、生活の中でふれるモノもそれをきっかけに学びにつなげて欲しい、普段の日常生活で出会うモノを学びの世界に引き込んでいますか?、というキモチを未来を担う子供へ伝えてきているのではと思います。

 
ムーミンの問題は、知識量ではなく、知識を活用しなさいというキモチをどう問題に表現するか、問題作成者の仕事の大変さも感じられる問題です。

 

ちょっとかわいそうだと思ったのはムーミンが大好きな高校生は、ムーミンフィンランドの作家がムーミン谷を舞台にし、小説はスウェーデン語で書かれたというのを知っていたでしょうし、何かとつっこみどころ満載で、知識があると逆に正解にたどり着くのを邪魔するかもしれません。でも、問題作成者の心意気はいいなと思います。

 
二次試験や私立の一般試験でこれでもかというくらい記述式や奥深い問題が登場するのに比べたら、センター試験はコツコツ勉強をし、正しい対策をしていれば8割以上はとれてあたり前になるように作られているので、記本的に良問がそろっています。

 

但し、選択肢はどうしても意地悪になりがちなので、どうしたらこれが正解だと断言できるかというテクニックを学んでおいたほうがよいでしょう。

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国語で小説は何が使わるだろうと注目していたら、問題文に井上荒野さんの小説「キュウリいろいろ」と記載がありました。

 
どうして小説「キュウリいろいろ」と紹介しているの???と思ったのですが、「キャベツ炒めに捧ぐ」という小説の章タイトルが「キュウリいろいろ」です。これは記載の仕方がよくないですね。

 
作者の井上荒野さんは「切羽へ」という小説で直木賞を受賞されています。


荒野はあれのと読みます。


お父様は小説家の井上光晴さんです。私の実家がある調布市に住んでいらっしゃいましたので、馴染みがあります。娘の井上荒野さんも調布の小中学校でしたので、とても親近感があります。

 
昨年の夏にディーンフジオカさん主演で井上荒野さんの小説「結婚」が映画化されています。
結婚詐欺師のお話でした。


テレビドラマ「結婚できない男」「梅ちゃん先生」、映画「世界は今日から君のもの」などで知られる尾崎将也さんが脚本を手がけ、NHKの朝ドラ「あさが来た」を演出された方が監督でした。スタッフの方々に興味があって映画鑑賞の事前学習で井上荒野さんの小説に向き合うことになったのですが、小説と映画の描き方もラストも違っていました。

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実は、井上荒野さんの父親の井上光晴さんも同じ「結婚」という名前の小説を出しています。  

 

父も娘も題材は結婚詐欺師。同じ名前、同じ題材。娘である井上荒野さんの執筆に至るキモチのほうが気になったものです。

 

井上光晴さんの「結婚」は結婚詐欺師を追う探偵の視点で描かれた推理小説のようで、井上荒野さんの「結婚」は登場人物の複数の女性の視点から愛情の純粋さにふれつつホラー小説のような怖さを描いているように感じました。映画はまったく別の印象で親子二代の小説と映画は複雑怪奇な関係だなというキモチになったものです。

 

さてさて、こんなことを高校生が知らされたとして、センター試験を見てみようという意識が向かないとしたら、心配です。さらに言うと、寝ている時間以外は全て学びにつながるチャンスなのですが、活かしていない高校生が多いのも気になります。

 

幼児や小学生の頃に?や!のキモチをどう消化しているか、どう学びに結びつけているか、小さい頃からの家庭での生活の作法が全ての源です。学びにもいろいろな形があるので、机に向かって勉強するのだけが学びではありません。

 

幼児の頃から、勉強ではなく、興味関心をどう育て、どういうアクションにするかによって、その後の生き方が変わるようにも思います。

 
今回のムーミンではなくとも、子供は小さい頃から様々なマンガに接するのが普通ですが、その時に学びと実社会とのつながりにふれる経験は少しでもできたら、違ってきます。マンガは実は奥が深い文化なのです。絵本や小説もそうです。

 

 

狛江で運営した小中高校生の研究施設の3年間で、高校生には少しでも偏差値の高い大学に向かえということを強調して保護者には接してきました。その中の何人かは今年、センター試験にも挑戦しています。一方で、偏差値の高い大学に進学しても、大企業に就職して生涯を安泰に、といったモデルはほぼ崩壊しています。


偏差値の高い大学に行ったほうが、チャンスに出会う確率は確実に高まるので、偏差値の高い大学、それも中途はんぱに高い大学ではだめだと伝えてきました。


但し、偏差値は関係なく、この生徒は大成するという生徒もいたので、そういう生徒には違う視点の進み方も伝えてきました。


大学は偏差値の高い方が、当たり外れはないことが多いですし、偏差値の高い大学のほうが、学生のやる気、本気度合いが違うのは事実です。偏差値で進学先を選んではいけませんが、偏差値は便利な面もあるので、やっかいな指標です。


但し、ものすごく偏差値が高いのに、少人数で活発に議論をくり返すような学びの場がほとんどないということもあります。


これは残念です。偏差値が高くても、意味がない場合もあります。


進学して意味のある大学と、進学しても意味のない大学は今後、今まで以上に分断されていくと思います。どんどん大学は変化してきているということもあるので、大事なのはどこの大学に進学するかよりも、大学に行って何をどう学ぶのか、学んだのかに着目して欲しいものです。

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センター試験は終わりました。

 
次の決断は慎重に、そして大胆な選択をして欲しいなと思います。