ココニコのキモチ

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いろどり工房ココニコ管理人(ボランティア)のキモチブログです。日常生活と本職(教育分野)の気づきのお話をしています。

電報

しぶりのブログ更新になります。
この間に義理の妹(家内の妹)が亡くなりました。
まだ48歳でした。
病とのたたかいに、家族は皆で力を合わせがんばっていたのですが、残念なことです。
通夜と告別式も終えたところです。
書きためていたものはいろいろあったのですが、ドタバタしていて載せる気がしませんでした。

告別式の翌日、娘から弔電ってああいうのが普通なの?と聞かれました。
告別式では弔電が紹介されますが、たいてい定型文か、もしくは定型文を少しアレンジされたものが普通です。
今回は紹介された弔電がどれもオリジナルの文章ばかり、心のこもった手紙でした。
それもものすごい長文ばかりでした。
電報は文字数で料金がかかります。調べたところ、65文字までは1380円。66文字以上は5文字単位で90円でした。ものすごい文字数の弔電ばかりでしたので、いずれも何万円もかかったのだと思います。
弔電はあらかじめ用意された文例集の中から選ぶことが多いと思いますが、エピソードや故人の人柄がしのばれる内容が入った弔電は気持ちがこもっていていいものです。

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電報は情報伝達の手段として進化を遂げた後、用途によっては消えようとしています。
私の学生の頃は大学合格通知には電報が使われていました。
サクラサク」「サクラチル」の電文の電報です。
大学合格の通知の世界の電報は、あっという間にインターネットに駆逐されています。

電報は電話が普及していない時代の緊急連絡手段として発達しましたが、電話の普及とともに需要がなくなり、世界を見渡すと電報が消えている国が増えています

今でも電報が使われている最後の国のひとつが日本です。
世界では通信手段としての道を進んだ電報。
日本では通信手段ではなく、慶弔用の習慣として電報は残りました。
日本では日本人のココロを伝える手段としての道を電報は進みました。
日本の文化のひとつになったから、電報が生き延びているのだと思います。
技術の進歩に勝つにはサービスを日本の文化へ昇華させる切り口があるのですね。
もうひとつの勝つ切り口は人のココロという中に眠っているのではないかと思います。

日本の電報は大切な役目を担って、これからも大事な使命を全うして欲しいと思います。