ココニコのキモチ

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いろどり工房ココニコ管理人(ポランティア)のキモチブログです

勉強って何?

論から言うと、勉強とは、考えることです。
単純作業とか、効率的に学ぶとは次元が違います。
自分でものを考える力をつけることが勉強の本質です。

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2月に閉校した小中高校生の実験施設では、あの手この手を駆使して、考えるという行動をさせることに注力してきました。ある時、小学生の男の子が、プリントを終えて、ニコニコとして勉強っておもしろいという感想をうれしそうに話していましたが、この時は私が彼を観察していても本当の勉強をしているというのがよくわかりました。
同じプリントをしていても、考える生徒と作業をしている生徒に別れてしまうことが発生します。
指導とは本当に難しいものです。

小中学生の間に、何としても自主的に考える姿勢を身につけ、問題にじっくり取り組む姿勢を身につけることが大切です。
何よりも優先されます。
簡単なようで、自分でしっかり考えるということを身につけるのは至難の業です。

考えていますと子供が主張していたとします。
でも小中学生の場合、本人が思っているほど、考えるという行動にはなっていません。
指導者の側にも問題があるのですが、自分で考える力を身に付けるということにつなげる指導はとてつもなく難しいものです。

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勉強の目的は、決して点を取らせることでもなく、偏差値をあげることでもありません。
得点力や偏差値力は考えるという勉強の結果であるべきです。

私の施設で教えてくれないということを言われたことがありましたが、勉強は教わるのではなく、勉強は考えることなのです。教えてもらうことが勉強だと勘違いすることは不幸なことです。
だから指導する側はできるだけ考える仕掛けをたくさん用意し、辛抱強く考えるということに向き合わせることが大切です。

勉強は学習時間ではありません。
考えるということにどれだけ真剣に取り組めたかの回数です。
プリントで学習していても、プリントをこなすという姿勢になっている場合は意味がありません。
こういうプリント学習は勉強ではありません。
考えるというきっかけがプリントで提供できているかが重要です。

プリントをしてマルをつけてもらうだけなら、効果はないのです。
公文式でも勉強している場合と、勉強をしていない場合があります。
我が家の子供たちも公文式に行かせようとしたことがありましたが、近くの公文式の塾を調べたところ勉強をしている公文式ではなかったのでした。私が教育を仕事にしているので、他社のものを利用する場合は我が家の場合は潜入捜査?のような意味合いがあります。
この時は潜入捜査には至りませんでしたが、潜入する前の身辺調査?で、同じ公文式でも何でこんなに違うのだろうと思ったものです。

プリントをこなすとか、うめるとかという意識で、先生も学習量だけにしか興味がなく、単純作業として学習時間と学習量に着目する公文式がある一方で、同じプリントを渡しても、考えさせる手立てを打つ公文式があります。何で公文式は教室によってこんなに違うのだろうと思ったものです。

勉強は考えることだと気づかぬまま、勉強という名の単純作業を続けていても、実は点数はある程度取れてしまいますだからやっかいなのですが、ある時、それも中学生以上になってから伸び悩み、つまずくということに直面します。
でも、本人にも保護者にも理由がわかりません。
勉強は自ら考えることなのです。

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私立の中高一貫を受験するまで、もしくは公立中学から高校受験をするまでに勉強は考えることだということを体で学ぶことがとてつもなく大事なことなのです。

高校生になっら、勉強の二つ目の意味に気づくことが次のターニングポイントです。
これについては今後、かなり先になりますが、ある公の場で話す機会があるので、それを終えてからまとめとして書き起こしたいと思います。